17歳の地図
「すげぇ!東大ってマジ?」
「オレ、ダメ。国立全滅だったわ。浪人決定だよ。」
「上智って美人多そうだもんなぁ。いいなぁ。」
「卒業旅行は、イギリスに行くことになったんだー。」
「いいなぁ。あたしも行きたかったよー。
でも、まだ子供だけで海外は行っちゃダメって言われちゃった。」
今日は都内でも1、2を争う都立の進学校の卒業式の朝の教室。
文系での成績優秀者だけを集めたこのクラスではとびきり華やかな話題で
盛り上がっていた。
その輪の中から外れて、自分の机で頬杖をつきながら窓の外を見ている
男子生徒が1人。高校三年生の一条だ。
このクラスで受験をしなかったのは一条1人だけだった。
実は一条の家庭は裕福どころか、中流の基準さえも満たしていなかった。
高校は奨学金とバイトで何とか卒業出来たが、大学に行く余裕はとてもなかった。
学費は今まで通りの方法で何とかなっても、一条は早く金を稼いで家に入れなけ
ればいけなかった。
一条はミニクラブの厨房で皿洗いや簡単なツマミを作るバイトをしていたのだが
その店の紹介で、帝愛という大手金融の系列の裏カジノに就職が決まっていた。
だけど、学校や友達にはそんな所に就職が決まったとは言えなかった。
そのカジノが非合法ということもあったが…、何よりも、学生生活を謳歌しようとして
いる級友に、本格的に水商売の道に入ることになる自分があまりにも惨めだった。
そして卒業式が始る。校歌を歌ったり、卒業証書を受け取ったりする。何の感動も起こらない。
何人かの女子生徒が泣き出すのを冷めた目で眺め、一条は教室に戻った。
戻る途中で元カノに遭遇し、「第二ボタンが欲しい」というので、乱暴にむしり取って
くれてやる。こういうのは悪くない、とナル男の一条は自分のプライドが満たされて
少しだけ良い気分になった。
謝恩会には出席する気はなかった。一条は手早く帰り支度をして教室を出る。
下駄箱で靴を履こうとしていると、後ろから声をかけられた。
「一条!帰るのか?」
振り返ると、担任の教師がいた。誰にも知られずにこっそり帰りたかったのに…と、
一条は軽く舌打ちした。
「……ええ、これからバイトなんですよ。…オレ、遊んでられる身分じゃないんで。」
「そうか…。お前もいろいろたいへんだったな。」
「別に…。」
「とにかく卒業、おめでとう!お前はすごく頑張ってたな。とびっきり優秀な生徒だったよ!
この調子でこれからも頑張れよ!お前なら、学歴なんて関係なしに成功出来るタイプ
だと先生は思うぞ!」
教師がニッコリ笑って手を差し出した。一条も反射的に手を差し出すと、教師は捕まえるように
一条の手を力強く握った。
握られたその手はとても暖かくて、一条を心から応援してるという気持ちが伝わってきて、
胸に迫るものを感じ、涙がポロリとこぼれてしまった。
卒業式に泣く奴ってどうよ?何か感動なんだよ?って思ってたけど…こういうことか、と一条は思った。